商法

商法ドリルNo.5[解答編]


次の【設問】(➀から③)について解答せよ。

【設問➀】
競業取引(会社法356条1項1号「事業の部類に属する取引」)の定義
【解答】
会社の事業と同種又は類似の商品・役務を対象とし,会社の行う事業と市場において競合し,会社と取締役との間に利益衝突を起こし得る取引をいう。
⇒上記の定義は,356条1項1号が規制される趣旨が,取締役が,その強大な権限を利用して,会社の事業機密やノウハウ,顧客等を奪う形で事業を行うおそれがあるため,これを防止して会社に損害が生ずることを防ぐことにあることから導かれる。より端的に表現すれば,「目的物等(類似商品・役務)と市場(地域・流通段階)が競合する取引」となるだろう。356条1項1号が,規制対象となる「取引」を,単に「事業に属する」という限定的に規定するのではなく,「事業の部類に属する」という拡張的な形で規定する点にも注意。

【設問②】
A会社の取締役EがF株式会社の発行済株式総数の70パーセントを保有している場合において,A会社が,F会社のG銀行に対する1000万円の借入金債務について,G銀行との間で保証契約を締結するとき,会社法上,A会社の取締役会の決議が必要か。
【解答】
1必要である(会社法356条1項3号,365条1項)。以下,2つの理由による。
2➀第1に,A会社とG銀行との間の保証契約は,356条1項3号が規制する会社と取締役との「利益が相反する取引」に該当する。
(1)356条1項2号及び3号が取締役と会社の利益が相反する取引を規制する趣旨は,取締役が会社の利益を犠牲にして,自己又は第三者の利益を図ることを防止する点にある。そのため,356条1項3号「利益が相反する取引」とは,同2号の直接取引と同様,会社の利益を犠牲にして取締役が自らの利益を図る取引をいう。もっとも,同3号の間接取引は第三者の存在が想定されているので,第三者の取引の安全を図る見地から,範囲を明らかにしておく必要がある。
(2)そこで,「利益が相反する取引」とは,外形的・客観的に見て,会社の利益を犠牲にする形で取締役に利益が生ずる形かどうかで判断する。
Eは,A株式「会社」の「取締役」である。EとF社は,自然人と法人ということで別人格をもつ主体ゆえ,AG間の保証契約がA社とEの利益相反が認められないかに見える。
しかし,Eは,F社の発行済株式総数70パーセントを保有しており,F社の意思決定を自由にコントロールできる立場にある(会社法309条2項)。すなわち,F社が享受する利益はEに帰属するものといえる。そうすると,AG間の保証契約は,外形的・客観的に見てF社が,A社の保証によって利益を得ることによって,Eもまた利益を得ることになる。これに対し,A社はF社を通じEのために保証債務を負担することになる。したがって,A社とEとは利益が相反することになる。よって,AG間の保証契約は,A社とEとの「利益が相反する取引」に該当する。
②第2に,AG間の保証契約締結が,A社において「多額の借財」(会社法362条4項2号)に該当する。
(1)保証契約の締結自体は,「借財」そのものではない。しかし,会社法362条4項2号の趣旨は,取締役がその強大な権限を利用して会社財産へ不当な影響を及ぼす取引を行うことを規制し,もって会社の利益を保護する点にある。そうすると,保証契約締結も,主債務が不履行になれば多大な金銭的負担が課される以上,会社法362条4項2号の趣旨を実現すべく「借財」に該当するというべきである。
(2)また「多額の借財」については,同法362条4項2号の趣旨から,当該取引の金額,その金額が会社財産に占める割合や会社財産への影響の大小によって判断する。
本問の場合,1000万円という額は,会社が扱う金額として一般的に見ても「多額」である。A社の会社財産の具体的状況は不明だが,保証債務の負担額が1000万円であることは,会社財産に大きな影響を及ぼす公算が大きいというべきだろう。

【設問③】
取締役が在任中に取締役会の承諾を得て会社から金銭を借り入れたが,弁済期に返済しないまま退任してしまった。株主は,株主代表訴訟を通じて同取締役に対し,責任追及することができるか。
【解答】
できる。株主代表訴訟について規定する会社法847条1項前段の「責任」とは,取締役として職務を遂行する上で生じた責任を含むものである。
取締役は,会社との取引によって負担することになった債務(取締役の会社に対する取引債務)についても,会社に対して忠実に履行すべき義務を負うと解される。そうすると,株主代表訴訟の対象となる取締役の責任には,取締役の地位に基づく責任のほか,取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当である。また,金銭債務の履行を求めたり,損害賠償責任を追及する場合には限定されない。
以上からすれば,本問のように,取締役がその地位に基づき会社と取引した場合,取締役は,会社に対して負担する取引上の債務を「責任」として負う。
⇒商法ドリルNo.4(11月28・29日)における設問②でも同様の問題を扱った。

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