商法

商法ドリルNo.15[解答編]


社債,株式等の振替に関する法律に規定する振替株式に関する次のアからオまでの各記述のうち, 誤っているものを組み合わせたものは,後記1から5までのうちどれか。なお,各記述において, 振替口座簿は,電磁的記録をもって作成されているものとする。

ア.振替株式に係る株主名簿の名義書換は,振替機関から会社に対し総株主通知がされた場合には行われるが,振替機関から会社に対し個別株主通知がされた場合には行われない。 イ.振替株式の譲渡は,当事者の意思表示のみによってその効力を生ずるが,振替の申請により,振替口座簿中の譲受人の口座における保有欄にその譲渡に係る数の増加の記録がされなければ,会社に対抗することができない。
ウ.振替口座簿中の譲渡人の口座における保有欄に,譲渡人が有する振替株式の数を超過する振替株式の数が誤って記録されていた場合でも,譲受人が譲渡人からその記録に係る全ての振替株式を譲り受ける旨の合意をし,かつ,振替の申請により,譲受人の口座における保有欄にその譲渡に係る数の増加の記録がされたときは,譲受人は,悪意又は重大な過失があるときを除き,その増加の記録に係る権利を取得する。
エ.振替株式の質入れがあった場合には,総株主通知の際に,その振替株式の質入れの事実を会社に知らせないようにすることはできない。
オ.振替株式を発行した会社は,正当な理由があるときは,振替機関に対し,所定の費用を支払って,その備える振替口座簿中の加入者の口座に記録されている事項を証明した書面の交付を請求することができる。
1.ア エ 2.ア オ 3.イ ウ 4.イ エ 5.ウ オ

【解答】
➀「難解な記述にどう対処するか」
S東先生「では花子さん,本問を解くための視点を説明してください。まずは,どの記述から検討しますか。」
花子さん「とりあえず短い記述から取り組みたいと思ったので,まずエから見ました。でも,エの内容はさっぱり分からないので,すぐに検討するのをやめました。『振替株式の質入れ』なんていう文言を見た瞬間に『これは保留だな』と思いました。」
S東先生「そうですね。記述の長さにこだわるべきではないと言いましたが,取り掛かりとしては花子さんの言ったような方法が妥当でしょう。『これは保留だ。』と判断できるかどうかも重要です。ただ,繰り返すように『短い記述から検討するのが正しく,長い記述から検討するのは正しくない』というわけではないので注意しましょう。では,エを保留するとして次はどうしますか。」
花子さん「アも短めですが,やはり馴染みのない内容になので保留です。オも何だかよく分からないので無視です。そうすると,自ずとイウを判断せざるを得ないですね。でも,イウの内容も『振替口座』という馴染みのない用語が出てきたりして,簡単とは言えません。どうしたものでしょうか。ここで行き詰ってしまいました。」
S東先生「アやオについて,『これは無視』と即座に判断できたことは正しいと思います。馴染みのない内容である上に,その場で考えて分かる内容でもありません。そうすると,花子さんの言うようにイウにたどり着きます。おそらく,出題者としてもイウをしっかり検討することを求めているのだろうと思います。つまり『アやエ,そしてオはさっぱり分からない。だからイやウが正解を導くカギとなるのだ。』と思えるかどうかが重要です。
では,イとウについて検討しましょう。花子さんは,これらの記述も馴染みがなく行き詰ってしまったと言いましたが,本当にこれらは(アやエ,そしてオのように)内容の全てが難しい記述なのでしょうか。よく見ると,分かりそうな所がありませんか。イやウに書かれている内容をよく見てください。」
②イについて「難しく見える記述にも,雑魚キャラは存在する。雑魚キャラを愛せ。」
花子さん「イについては,『その譲渡』『会社に対抗することができない』といった箇所を見ると,株式譲受について会社に対抗することの可否について問われているだろうと分かります。ウについては,『譲受人』『譲渡人』『権利の取得』という箇所に注目すると,株式譲渡における当事者間の権利関係について問われているのだろうと分かります。」
S東先生『その通り!!イやウは,『振替口座』等の見慣れない概念が出てきますが,とりあえずこれらの言葉は無視して,花子さんの指摘した箇所に注目することが大切です。分からない所は分からない所としてとりあえず飛ばし,分かる所だけに集中するという方法ですね。こうした『分かる所と分からない所を区別し,分かる所だけに意識を向けて解く』という発想は,正解を導く上でたいへん重要です。『理解しなければ』『考えなければ』とただ漠然と捉えているだけでは,こうした整理の視点・客観的な発想をもつことができず,いつまで経っても『自分は条文や知識をただ暗記しているだけだ。完全に理解できてないから先に進んではいけないのだ。もっと理解を深めれば』などと,根拠のない根性論に憑りつかれて自己批判をすることになってしまいます。自分の知識の充実度や解法を客観的にチェックする自己検証ならば大いにやるべきですが,自己批判はただの自己卑下に繋がるだけです。自己卑下は「どうせ自分なんて・・」という卑屈な意識を醸成し,実力アップに何ら寄与しないどころか勉強を陰気な苦行にしてしまいます。
話を戻します。花子さんの指摘した箇所を総合すると,イについては,『(株式の)譲渡』について『会社に対抗すること(の可否)』が問われているといえます。ウについては,『(当事者間の振替株式)譲渡の有効性』が問われているといえます。ここまで分かれば,後はこれまでに習得したごくスタンダードな知識とその操作で解けるのではないでしょうか。」
花子さん「そうすると,イについては『(株式の)譲渡』について『会社に対抗すること(の可否)』が問われているということですから,当該株式譲渡を会社に対抗するためには何が必要かを想起すればよい,ということでしょうか。」
S東先生「そういうこと!そこまで分かればあとはもう楽勝ですね。当該株式譲渡を会社に対抗するためには具体的に何が必要でしょうか。」
花子さん「会社法130条1項が規定するように,株主名簿への記載(名義変更)です。」
S東先生「そうですね。会社としては,『どこの野郎が株主になりやがったんだ』ということを,株主名簿を通じて明確に把握しておきたいわけです。記述アを見てください。記述アには,『株主名簿の名義書換』と書かれています。このアの記載から,『株主名簿の名義書換』が必要なのではないかが想起できます。このように,別の記述にヒントが示されていることもあるんですね。『アは分からなくてもいいけど,株主名簿の名義書換には反応してね』という出題者のメッセージが込められているのかも・・というのは深読みしすぎかもしれませんが,回避すべき記述にもこうしたヒントが示されているところに本試験問題の面白さや奥深さがある気がします。
では,イのケースに従うと,株式の譲受人は『口座における保有欄にその譲渡に係る数の増加の記録』をすれば会社に対抗することができるのでしょうか。」
花子さん「対抗できません。先ほど述べたように,株主名簿に記載等をしなければ会社に対抗することはできないからです。たとえ『口座における保有欄にその譲渡に係る数の増加の記録』をしたところで,会社がそれを認識する可能性は類型的に見て低い・・というかほどありませんし,そもそも口座の保有欄が株式譲渡の当事者以外の者すなわち会社に対する株式取得の対抗要件としての機能(公示的な機能)をもつとは思えません。」
S東先生「そうでしょうね。会社が,逐一株式の取引に関与した当事者の口座をチェックするというのも珍妙な話でしょう。あるいは,口座を会社に呈示したところで,口座から看取し得る情報とは,あくまで『(株式の)譲渡に係る数の増加の記録』に過ぎません。すなわち口座から分かるのは,株式『数』といった数字に過ぎず,新たな株主になったことではないのです。したがって,『口座における保有欄にその譲渡に係る数の増加の記録』は会社への対抗手段にはならないといえます。」
S東先生「ハイ。イについては『対抗することができない』という結論でよいでしょう。
ところで,なぜ株式名簿への記載が必要なのでしょうかね。言い換えれば,本問では株券の存在は予定されていないのでしょうか。」
花子さん「本問では,株券は予定されていないのではないかと・・。」
S東先生「それはなぜですか。」
花子さん「『振替株式』『振替口座の保有欄』とあるように,おそらく『振替』によって株式の取引がなされるのかなと。『振替』という文字から察するに,おそらく金銭の振込のような簡易な事務処理がイメージされますから,株券のような権利を表章した物のやり取りではないのかと思いました。そのため,本問では株券は予定されていないのだと考えます。」
S東先生「そうですね。スク東先生ではありませんが,そうした『イメージ』は重要です。もちろん,問題文に書かれた情報から離れないことが前提です。
問題文に株券の発行に関する断りの記述(例えば,『なお,甲株式会社は株券不発行会社である』旨の記述)はありませんが,花子さんが述べたように本問では株券は存在しないケースといえますね。では,次ですね。ウ,行きましょうか。ウについては,どこに着目しますか。イと同じように注目した箇所を特定してください。」
③ウについて「原則・例外はここでも美しい」
花子さん「『譲受人が譲渡人からその記録に係る全ての振替株式を譲り受ける旨の合意』と『保有欄にその譲渡に係る数の増加の記録がされたときは,譲受人は,悪意又は重大な過失があるときを除き,その増加の記録に係る権利を取得』という箇所です。」
S東先生「いいでしょう。ウにも『振替株式』『口座』等の会社法では見慣れない単語が出てきますが,これらに惑わされず,『分かる所はどこか』という視点で記述を読み解くことが大切です。では,先ほど特定した箇所を分析・総合すると,ウではどのような基本事項が問われているのでしょうか。」
花子さん「・・当事者間における株式譲渡の有効性でしょうか。」
S東先生「そうです。ただ本問の場合,当該株式譲渡を当然に有効とすること,すなわち譲受人の権利取得を認めるわけにはいきません。譲受人の権利取得を認めるために解消すべき“憂鬱な問題”を明らかにしてください。」
花子さん「(「憂鬱な問題」って何?ちょっと何を言ってるのか分からないけど・・。)まあ,
『譲渡人が有する振替株式の数を超過する振替株式の数が誤って記録されていた』と書かれていますから,誤った数が記録に相当する分の譲渡について有効にしていいのかどうか,ということです。」
S東先生「その通りです。難しい用語に惑わされず,基礎的な視点をもって読み解くことができるどうかが重要です。では,本問のケースについて解答してください。具体的には,『誤った数が記録されたこと』と『当事者間の合意』の関係を原則的にどう捉えるか,という点から分析してください。」
花子さん「本問のケースは,『譲渡人が有する振替株式の数を超過する振替株式の数が誤って記録されていた場合』ですが,『譲受人が譲渡人からその記録に係る全ての振替株式を譲り受ける旨の合意をし』ていると同時に『振替の申請により,譲受人の口座における保有欄にその譲渡に係る数の増加の記録がされ』ています。そのため,超過分に相当する記録に係る分の株式の譲渡が当事者間における合意の内容として構成されるのが原則です。」
S東先生「そうですね。たとえ記録された数が誤っていたとしても,その誤っていた記録の内容が,当事者間の合意の内容を構成するのですから,これはすなわち当事者間で拘束力をもつことが原則です。ただ,この原則はそのまんま維持されるのでしょうか。」
花子さん「そのまんま維持されることはありません。相手方が,当該記録に誤りのあることを知り又は知り得たことに重大な過失(悪意又は重過失)のある相手方は保護に値しませんから,相手方において,誤った数の記録について悪意又は重大な過失がある場合,例外的に超過分については合意の内容を構成しないというべきでしょう。」
S東先生「その通りです。民法で学ぶ基礎的な視点ですね。余談ですが,こうした『合意(あるいは意思表示)の内容として構成されるもの』を分析することが求められる問題は,とりわけ論文式試験で頻出です。例えば平成26年度の民法の[設問1][設問2]等です。短答式であれば,民法28-2のオや28-23のオ辺りでしょうか。
閑話休題。『振替株式』に関する知識がなくとも充分対応可能ということです。ところで,相手方が保護に値しないことについては,譲渡人が積極的に主張立証すべきですが,それはなぜですか。」
花子さん「先ほど述べたように,超過分に相当する記録に係る分の株式の譲渡が当事者間における合意の内容として構成されるのが原則ですから,例外的に無効となる場合を主張する者すなわち本問であれば譲渡人が無効事由について積極的に主張立証責任を果たすべきです。」
S東先生「そうですね。原則論を確認することで,主張立証責任の所在も意識できるようになります。問題文の情報を,例えば今回のように『分からない所と分かる所』といった形で区別・整理し,『分かる所』に意識を集中して基礎知識を操作して解くことを心がければ,正答率を上げることができるでしょう。また,問題文に必ず存在する“憂鬱な箇所”を積極的にせよ消極的にせよ回避あるいは解消するための方法も重要です。なお,知識は忘れてしまって当然です。『忘れないようにしっかり理解する』と頑張ることももちろん大切ですが,肩肘を張っていると疲れてしまいます。それよりは『忘れるのが当然だ。だから何度も繰り返そう。』と気楽に構える方が健全ですし,実際その方が理解を促進・発展させることができるものなのです。『理解しよう』等と深刻にならず,『分からなかったらとりあえず覚えて何度でも戻ってくればいい。そのうち分かってくる。』と緩く捉えることも必要ではないでしょうか。」
←「問題文には,必ず『憂鬱さ』が存在する。その『憂鬱さ』とどう向き合うか。あるいは(積極的・消極的に)回避するための工夫を凝らすか。それが大切なんだ。『憂鬱じゃなければ試験問題じゃない』」と喝破するスク東先生

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