【設問】
運送業を営むA株式会社は,小規模で同業を営んでいるB株式会社に自らの業務の一部を委託していた。B社では,これまで自らの商号によってその事業を行ってきたものの,仕事を得ることが難しくなってきた。そこで,A社は, B社の代表取締役Cに対し,「A社副社長」の肩書を付した名刺の使用を許諾し,さらに,B社は,事務所にA社の商号を表示した看板も掲げて事業を行うようになった。 その後 B社は 次第に資金繰りが悪化し 事業の継続が事実上困難となってきたが, Cは,上記の名刺を用いて,DからB社の事業に用いている自動車の部品を100万円で購入し,Dは,B社の上記事務所において,相手方をA社と誤認して,当該部品を引き渡した。しかし,その代金は,Dに支払われなかった。
Dは,A社及びB社に対し,どのような責任追及をすることができるか。
[解答のAppearance]
➀当事者の主張及び反論,解決すべき問題点の特定
S東先生:まず,DはA社に対して契約の履行責任(代金支払請求)を追及すると共に債務不履行責任も追及するでしょう。このDの請求に対してA社は「Cが勝手にA社の代表者の肩書を使って取引したのだ。この取引は,我がA社の与り知るところのものではない。」と反論することが予測されます。以上のA社の反論を想定すると,DはA社に対し,何を主張することになるでしょうか。
花子さん:Cが「A社副社長」の肩書を付した名刺を使用したのは,A社が,Cに対してその名刺の使用を許諾したからです。つまりCが「A社副社長」として振舞った行為は,虚偽の外観に基づく行為ですが,その原因を作出したのは,A社です。A社がCに対して「A社副社長」の肩書を付した名刺の使用を許諾したからこそ,CはD取引を行ったのですから。
S東先生:そうですね。ところがA社は,Dに対して更なる反論をすることが考えられますね。A社再反論として,どのような主張が考えられますか。
花子さん:Dとの取引は,Cが勝手に行ったのだからその効果はA社に帰属しない,そのため,Dの請求には理由がないという再反論です。
S東先生:A社はそのような主張をするでしょうね。その主張に理由があるかどうかは別ですが,相手方の言い分にも耳を傾けることが大切です。解決すべき問題点を特定するためです。では,A社の再反論についてどうですか。合理性がありますか。
②A社の主張における合理性の有無
花子さん:A社の再反論には合理性がありません。
S東先生:そうでしょうね。どのような根拠でもってA社の再反論を崩しますか。
花子さん:先ほども言及しましたが,CがA社の副社長であるという外観を作出したのは,A社の許諾に端を発するものです。つまり,A社自らCがA社の代表権限をもつ旨の虚偽の外観作出について責めを負うべきなのですから,Cの行った行為の効果はA社に帰属すると考えるべきだと思います。
③Dの主張を理論構成する
S東先生:なるほど。A社がCの行為について責任を負うための法律構成についてはどう考えますか。具体的な条文があれば挙げて下さい。
花子さん:会社法354条類推適用です。
S東先生:なぜ会社法354条を類推適用するのでしょうか。
花子さん:Cは,A社の「取締役」(会社法354条)ではありません。そのため,同条を直接適用できません。しかしながら,それだと不都合なので,同条の趣旨を・・・。
S東先生:先ほどの私の質問が漠然としてしまっていたようで申し訳ありませんが,私が訊きたかったのは,「会社法354条を直接適用できない理由」ではありません。花子さんが,会社法354条(類推適用)を使ってDの請求を実現しようと考えるに至った理由です。より具体的に言えば,本問事案のどの箇所に着目して同条を使って解決しようと考えたのか,ということです。
花子さん:本問事案を見る限り,会社法354条の解釈論がメインであることは明白じゃないんでしょうか・・?
S東先生:本問事案におけるどの箇所を見てそのように思いましたか。
花子さん:だって,Cは「A社副社長」という名刺を使ってDと取引をしたわけですから・・。Cが真実A社の代表者ではないのに,あたかもA社の代表者としての肩書付名刺を使用して行動することを許容したA社は,Cの行為に伴う責任を負うべきなのでは・・。
④Dの取引時における信頼の対象
S東先生:もちろん,A社がCの行為の結果生じたリスク等を負うべきでしょう。本問事案を見る限り,このことを疑わせる事情はありませんね。ただ,注意したいのは,会社法354条は,表見代表取締役の相手方の信頼の対象をどこに置いているのか,ということです。
花子さん:もちろん,当該取締役が代表権限をもっているということについてです。
S東先生:そうですよね。具体的な例で言えば,ある会社の表見代表取締役と取引をしようとする相手方が,差し出された代表者としての肩書付名刺を見て,「えっ,この人,おでん業界No.1の○△□会社の代表取締役なんだ。馬鹿っ面ぶら下げてるけど,実際はスゴい人なんだろな。だって○△□会社は,おでん業界No.2の△○□会社を大きく引き離してダントツだから。○△□会社の代表者ならば信用できるな。だったら取引しよう。だって○△□会社の代表者なんだから。馬鹿っ面はあくまで相手に警戒されないための戦略かも知れない。」みたいな感じです。要するに,相手方が取引に応じたのは,代表権限があることを信頼したからということです。では,翻って本問事案ではどうですか。確かにCは,「A社副社長」の肩書の付いた名刺を使ってイキがっているようですが,Dは,Cに「A社副社長」としての権限があることを信頼して取引に応じ,部品を引渡したのでしょうか。
花子さん:本問事案を見る限り,「Dは,B社の上記事務所において,相手方をA社と誤認して,当該部品を引き渡した。」とあるのみで,Cが「A社副社長」であることを信じたから,といったような事実は書かれていませんね・・。
S東先生:では,Dが「相手方をA社と誤認して,当該部品を引き渡した。」のは,本問事案からすると,どのような事実に基づくのでしょうか。特に,Dが部品を引渡した場所とその場所の特徴に要注目です。
花子さん:Dが部品を引渡した場所は,B社の事務所です。B社の事務所は,「A社の商号を表示した看板」が掲げられていました。そうすると,Dが「相手方をA社と誤認して,当該部品を引渡した」理由は,「A社の商号」に対する信頼すなわち取引の相手方がA社であるという信頼に基づくものといえそうです。
S東先生:そうです。Dは,実際はB社の事務所で当該部品を引渡しているのですが,B社事務所に掲げられた「A社の商号を表示した看板」を見たからこそ,Dは「この取引の相手方はA社なのだな。」と勘違したのだと捉えるのが自然だと思います。つまり,DはCの振る舞いを見て「Cは,A社の代表権限をもつのだな。かっけーなあ。」と信頼したわけではなく,あくまで「ここ(B社の事務所)は,A社の商号を示す看板が掲げられているのだから,A社なのだ。私はA社に部品を引渡すのだ。かっけーなあ。」という信頼をもったのですから,本問事案については会社法354条を適用(類推適用)する基礎をもたないのです。本問事案は,A社の取締役ではないCが,A社の許諾を受けて「A社副社長」の名刺を使用した旨の事実が示されていることから,会社法354条に関する議論を展開したくなるのも無理はありません。しかし,会社法354条が想定する相手方の信頼の対象及び本問におけるDの信頼の対象を比較すると,Dの信頼を保護するための方法として,会社法354条を用いることは妥当ではないように思うのです。では花子さん,Dの信頼を保護するための方法として会社法354条を用いることが妥当ではないとすれば,どのような方法を用いるべきでしょうか。重要なところなので,Dが「A社の商号を表示した看板」を見て,「当該部品を引渡した」という事実に再度注目してください。
花子さん:会社法9条の直接適用あるいは類推適用だと考えます。
S東先生:そうですね。「商号」という文言に注目すれば,やはり商号に関する規定(会社法7条~9条)について想起したいところです。(なお,問題によっては商号の譲渡に関する場合もありますが,その場合は,会社法22条等の適用の有無が問題となります。)
では,本問のDを救済するための手段として会社法9条を用いるとのことですが,同条を直接適用することはできるでしょうか。
花子さん:ここも悩みどころなのですが,A社がB社に対してA社の商号を使用することを許諾した事実はありません。A社が許諾したのは,あくまでCが「A社副社長」という肩書付きの名刺の使用することです。そうすると,会社法9条もまた直接適用できるのかどうかよく分からなくなってしまいます。
S東先生:確かに,A社はB社に対してA社の商号の使用を明示的に許諾したという事実が書かれているわけではありませんね。そのため,本問事案において会社法9条を直接適用することは難しいかも知れません。では,同条類推適用についてはどうでしょうか。Cに「A社副社長」の名刺の使用を許諾した事実に加え,A社がB社に自社の業務の一部を委託していたという事実に注目してみましょう。
花子さん:A社は, B社が事務所にA社の商号を示す看板を掲げるに至る事態に発展したことに伴う責任を負うべきといえますから,9条の趣旨である権利外観法理による相手方の信頼保護が妥当すると考えられます。そうすると,本問でも会社法9条を類推適用する基礎が存在すると思います。
S東先生:そうですね。確かにA社は,B社に対してA社の商号を使用することまで許諾したわけではないでしょう。しかし,業務の一部を委託するB社の代表取締役Cに「A社副社長」の肩書を付した名刺の使用を許諾したわけです。こうした事実からすれば,B社がA社の商号を示す看板を掲げたのは,名刺の使用を許されたCがB社の代表取締役としてB社の行為として行ったといえるでしょう。以上から,Dが当該部品を客体とする取引の時点において,取引の相手方をA社と信頼したことを保護する法律構成として,会社法9条類推適用が妥当といえます。同条の要件についても確認しておいてください。例えば,Dの主観的事情です。Dは,取引の相手方をA社と「誤認」していたとのことですから,少なくとも真実の相手方がB社であることを認識していません。そのため,Dは悪意者とはいえないでしょう。しかし,仮にDの「誤認」が重大な過失に基づく場合であれば,Dは悪意と同視できるため,9条類推適用によって保護されるべきではありません。ただ,本問事案を見る限り,Dが取引の相手方をA社と「誤認」したことはやむを得ないようです。なぜなら,当該部品の引渡し場所であったB社事務所には,「A社の商号を表示した看板」が掲げられており,通常は「商号に示されたA社と取引をしている」と認識するでしょうからね。なお,会社法9条による場合,自己の商号の使用を許諾した者と使用を許諾された者は,当該商号を使用して行われた取引によって生じた債務につき,連帯して責任を負うことになります。本問であれば,A社とB社が連帯して責任を負うので,Dは両者に対して当該部品の代金未払いに伴う責任を追及することができるのです。
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