商法

商法ドリルNo.19[解答編]

【設問】
関東地方に店舗網を有し,主に大衆向けの衣料品の販売業を営んでいる株式会社Aは,かねてから関西地方に進出することを企画していた。
同社の取締役甲は、会社に無断で自ら大阪において「A大阪店」という商号を用い主に高級衣料品の販売を開始した。この場合に株式会社Aは,甲に対し,会社法上どのような措置をとることができるか。

[解答のAppearance]

S東先生:株式会社A(以下,Aとします。)は,甲に対してどのようなことを求めますか。

花子さん:Aは,甲に対し,「A大阪店」という商号を使うのをやめるよう求めます。

S東先生:そうですね。ただ,Aにとってみれば,甲が「A大阪店」という商号の使用をやめただけでは足りませんよね。Aが,「A大阪店」という商号を使用せずとも高級衣料品を販売することを続ける限り,Aにとって実質的な状況は変わらず,「甲の独断専行によってAが不利益を受け続けること」という根本的な問題は残されたまんまです。では,Aとしては,甲に対して更に何を求めますか。

花子さん:Aは,甲に対し,高級衣料品の販売をやめるよう求めます。

S東先生:そうですね。以上は,Aの甲に対する行為請求です。では,金銭的な求めについてはどうですか。Aは,甲の独断専行のせいで経済的な損害を被ることもありうるのではないですか。

花子さん:Aは,甲に対し,損害賠償を求めます。

S東先生:Aは,甲の行為によって具体的にどのような損害を被ることが想定されますか。
花子さん:例えば,甲による高級衣料品販売が原因で,Aの関西地方進出の企画が断念されてしまい,企画実現のために投ぜられた費用が無駄になってしまうという損害です。あるいは,Aの大阪における大衆向けの衣料品の販売が妨害され,Aにおいて期待された利益が得られなくなったといった損害です。

S東先生:そうですね。問題文にAの企画に関する具体的内容が書かれていないので,甲によってAの企画がどの程度妨害され,Aがどのような損害を被ったのかについては判然としませんが,花子さんが挙げたような損害を想定しておけばよいでしょう。では,花子さんが挙げたAの主張を法律的に構成しましょう。まずは,Aが甲に対して「A大阪店」という商号を使うことをやめるよう求めることについてです。このAの甲に対する求めにつき,会社法上に根拠規定はありますか。

花子さん:会社法8条2項・1項です。

S東先生:その通りです。会社法8条2項・1項に規定された要件を解釈し,事実にあてはめることになります。「A大阪店」という名称は,第三者から見ればAの大阪支店という認識がなされ,第三者としてはAと誤認するでしょう。また,甲としてもAに無断でAの商号を掲げて取引を行っているわけですから,第三者に自己の事業をAの事業と誤認させ,Aのブランドを不当利用して事業遂行や利益獲得を意図しているものと推測されます。そのため,甲にはAの商号を利用するにあたり「不正の目的」があるといえるでしょう。
では,次に,Aが甲に対して高級衣料品の販売をやめるよう求めることについて検討します。このAの甲に対する請求について,会社法上に根拠規定はありますか。

花子さん:Aは,甲に対して高級衣料品の販売を差止めるよう求めるわけですが,会社が取締役の事業を差止めるよう請求できる旨を規定した条文なんてなかったような・・。

S東先生:確かに会社が取締役の事業を差止めることが出来る旨を規定した条文はないですね。先ほど出てきた会社法8条2項・1項は商号の差止めに関する規定ですから,事業遂行の差止めを求めるための根拠規定にはならないですね。ここは一つ,「そもそも論」とも言うべき基本原理に遡ってみるほかないでしょう。甲の行為を自身が取締役を務めるAに対する背信的な行為と捉えるとどうですか。取締役と会社の関係に注目して分析してみましょう。

花子さん:取締役は,会社のために善良な管理者として(会社法330条・民法644条),あるいは会社の利益のために忠実にその職務を遂行しなければなりません(会社法355条)。そのため,本問甲の行為がAに対する背信的な行為であれば,甲の行為はAに対する善管注意義務及び忠実義務に違反することになります。

S東先生:取締役が会社に対して負う善管注意義務及び忠実義務は,具体的にはどのような概念に基づいて発生するものですか。何らかの法的義務が発生するということは,原則として対応する意思表示その他の法律行為(契約等)があるものですよね。

花子さん:取締役と会社の委任契約(民法643条)を根拠として発生するものです。

S東先生:以上を踏まえると,Aが甲に対して高級衣料品の販売を差止めるよう求めることにつき,Aの主張をどのように法律構成できますか。

花子さん:Aとしては,甲がAに無断で高級衣料品を販売する行為が,Aに対して負うべき善管注意義務及び忠実義務に反する行為すなわち委任契約違反に当たるとして,同行為の差止請求という形で法律構成ができると考えます。

S東先生:そうですね。先ほど言ったように,確かに高級衣料品の販売を差止めることができる旨を定めた明文規定はありませんが,委任契約の内容として,「受任者は,委任者の利益に沿うよう行為をしなければならない。」旨が構成されるのは自然なことです。すなわち受任者において委任の趣旨に反するような行為が認められれば,委任者としては「契約内容に沿わない行為をやめてくれ。」と言えるのが当然です。したがって,本問であれば,Aは甲に対し,委任契約違反を理由に差止請求ができるでしょう。ちなみに取締役が会社に対して果たすべき善管注意義務と忠実義務の関係については,同質なものと捉えるのが通説的な考え方ですね。
少々長くなりましたが,Aの甲に対する求めを法律的に構成することができました。次に検討すべきは,Aの甲に対する請求に理由があるのかどうか,すなわち請求を実現するための要件が充足するかどうかです。ここで具体的に検討すべき事項は何でしょうか。

花子さん:甲の行為が,競業取引規制に反しないかどうかです。

S東先生:その通りです。これまで見てきたように,本問では請求の内容を確定してようやく競業取引規制違反の有無を具体的に検討していくことになります。「面倒だな・・」と思われるかも知れませんが,こうした作業を疎かにせず,一つ一つステップを踏む形で検討して行くことが「問いに答える」解答をする上で重要なことです。競業取引の該当性については,条文に規定されたそれぞれの要件を丁寧に検討して行くことになります。いわゆる「条文の趣旨からの論証」を意識すべき場面ですね。取締役に競業取引規制が課されることの趣旨はどこにあるのでしょうか。

花子さん:取締役の競業取引規制を定めた会社法356条1項1号の趣旨は,取締役が会社の事業の機密に通じ強大な権限を有していることから,競業取引を行うにあたって重要な事実の開示及び取締役会の承認を要求することで会社の利益を保護することにあります。

S東先生:そうですね。競業取引規制の趣旨については,しっかり理解・記憶し,即座に表現できるようにしておくことです。また,会社法356条1項1号の各要件を解釈する際には,同条の趣旨を反映させることが大切です。趣旨は,条文の文言や要件を解釈する際の指針となるものだからです。会社法356条1項1号の要件のうち,本問で中心的に議論すべき要件はどれでしょうか。

花子さん:「事業の部類に属する取引」です。Aが扱う衣料品は主に大衆向けですが,甲が「A大阪店」で扱うのは主に高級衣料品です。つまり,両者が扱う製品は,衣料品という点では共通しますが,品質や価格,対象となる消費者が異なる面があります。そのため,甲が「A大阪店」として行う事業が,果たしてAの「事業の部類に属する取引」といえるかどうかが問題となります。
また,Aは現時点では関東で事業を行っており,関西進出は企画段階です。現実に大阪を始めとする関西地区で事業を展開し市場を形成しているわけではありません。こうした事情からも,甲が「A大阪店」として行う事業が,Aの「事業の部類に属する取引」といえるかが議論されることになります。

S東先生:いいでしょう。今挙げた事実を見る限り,直ちに結論が出るわけではありませんね。ただ,会社法365条1項1号の規定する文言が,単に「事業に属する」という限定された形になっておらず,「事業の部類(に属する)」という拡がりをもった形です。また,先ほど明らかにした会社法356条1項1号の趣旨からすると,会社と取締役の相互の事業において一定の重なり合いがあり競合の可能性があれば,「株式会社の事業の部類に属する取引」に該当すると見てよいと考えます。Aが販売する衣料品は,「主に大衆向け」である一方,甲が販売する衣料品は「主に高級品」です。「大衆向け」と「高級品」とでは,対象となる消費者が異なるので一見すると市場で利益がバッティングすることはなさそうですが,いずれも「主に」となっている点に注意したいところです。「主に」となっていることは,言い換えれば,Aは高級路線も扱っており,甲は大衆向けも扱っている可能性があるということです。あるいは,「衣料品」という点では共通しているのですから,仕入先が共通している可能性もあります。こうした事情(合理的に推認できる事情含む)からすれば,Aと甲両者が市場において競合する可能性はありそうです。このように,356条1項1号の趣旨からすれば,扱う商品が異なるからといって,直ちに競合可能性が否定されるわけではないということです。なお,該当しない事例とは,相互の事業の種類が全く重ならないケース,例えば不動産会社の取締役が,ハンバーガーショップを独自に経営するといったケースでしょう。
会社法356条1項1号については,「自己又は第三者のために」という要件もあるので忘れずに検討しておきましょう。趣旨から解釈・検討できるようにしておいてください。
以上が,Aの甲に対する差止請求に関する法律構成の検討でした。では,損害賠償請求については,どのように法律構成されますか。

花子さん:先ほど触れたように,甲の行為はAに対する善管注意義務及び忠実義務違反に当たります。これら義務は,法が求める義務ですので,甲の行為は法に反する行為です。すなわち甲の行為は,Aに対する任務懈怠ということができます。そのため,Aは,甲に対し,甲の任務懈怠を理由に,会社法423条1項を根拠に損害賠償を請求することになります。

S東先生:そうですね。取締役を始めとする役員等の会社に対する任務懈怠を検討する際には,「任務」の具体的内容と「懈怠」の具体的態様をそれぞれ事実に沿って示す必要があります。本問の甲については法令違反ということですが,なぜ法令違反が任務懈怠に当たるのか,更にどの行為のどの点が法令違反といえるのかを示すことです。他方,先ほども言いましたが,本問の事例を見る限り,Aが具体的にどのような損害をどれだけ被ったのかは判然としません。そのため,損害賠償請求の要件検討については簡潔で構わないでしょう。仮に具体的な金額や事情が挙げられていたら,しっかり検討することが大切です。任務懈怠と生じた損害との間に因果関係が認められるかどうかも忘れずに。事案によっては,請求額に影響する場合もあります。なお,本問に限らず取締役の責任が問題となった際には,免責の余地があるかどうかも併せて確認しておいてください。

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