商法

商法ドリルNo.18[解答編]

【設問】
製パン事業を営むX株式会社は,資本関係のない食品大手のY株式会社が保有する製パン工場の一つであるA工場をのれんも含めて取得し,これを直営したいと考えている。A工場(のれんも含む。以下同じ。) の評価額は,複数の証券アナリストに評価させたところ,5億円であった。 X社の経営陣は,今後Y社と資本関係を持つことで,Y社からノウハウの提供等を受けることを期待することができると考え,A工場を現金ではなくX社株式50万株で取得することを希望してY社の経営陣と交渉を行ったが,最終的に,両社の経営陣は,X社がY社からA工場をX社株式60万株で取得すること(以下「本件取得」という。)に合意した。 なお,X社は,発行可能株式総数が300万株,発行済株式総数が200万株,純資産額が20億円であり,X社株式の価値は1株当たり1000円であったものとする。また,X社は,公開会社であるが,指名委員会等設置会社でも種類株式発行会社でもないものとする。
本件取得を実行するには,X社の側では,どのような手続をとればよいか。次の二つの方法について,検討せよ。
1 本件取得に反対するX社の株主が,X社に対して,その有するX社株式の買取請求をすることを認める方法
2 本件取得に反対するX社の株主が,X社に対して,その有するX社株式の買取請求をすることを認めない方法

[解答を導くdialogue]

➀設問1
S東先生:では,設問1を検討しましょう。どのような手続があるでしょうか。

花子さん:設問1で想定される場面とは,既に述べたように組織再編の場面です。具体的には,吸収分割の場面です。すなわち設問1で検討すべき手続とは,吸収分割において予定されている手続です。

S東先生:そうですね。設問1で答えるべきは,吸収分割において予定されている諸手続です。繰り返しになりますが,問題文にある「その有するX社株式の買取請求をすることを認める方法」という点に的確に応答する形で,吸収分割を想起することが大切です。ここで吸収分割に関する基本事項を確認しておきましょう。まず吸収分割の定義は何でしょうか。

花子さん:吸収分割とは,株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることをいいます。会社法2条29号に規定されています。

S東先生:吸収分割では,「合同会社」も主体となることに注意が必要ですね。この知識はやや細かいかも知れませんが,短答式試験で問われる可能性もありますので押さえておきましょう。では次に,吸収分割という手続は,何によってスタートしますか。当事会社の間で何を行うことが,吸収分割手続の出発点になるでしょうか。

花子さん:当事会社間で,吸収分割契約を締結することが出発点になります(会社法757条)。

S東先生:そうですね。吸収分割契約の内容として定めるべき事項は,会社法757条各号に規定されています。では,吸収分割契約が締結された後,具体的な手続の履践段階に入るわけですが,その手続で保護されるのは,誰の利益でしょうか。

花子さん:株主や会社債権者です。

S東先生:その通りです。これら利害関係人を保護するための手続として具体的にどのようなものがあるか挙げてください。まず株主保護のための手続としてどのようなものがありますか。

花子さん:株主保護のための手続として,株主総会の特別決議(会社法795条1項,309条2項12号)があります。また,本問のように5億円相当の資産に対し6億円相当の株式を交付することは,既存株主の利益に影響を及ぼしますから,その旨をきちんと説明することが必要です(会社法795条2項2号)。さらに,問題文にもあるように反対株主に株式買取請求権を行使する機会を与えることが必要であり,その機会付与を十全化するために吸収分割効力発生日の20日前までに,株主に対する通知が必要です(会社法795条3項,4項)。

S東先生:そんなところでしょうね。他には,事前開示手続(会社法794条)があります。これは債権者保護手続でもあります。
では,次に債権者保護のための手続について挙げてください。

花子さん:債権者異議手続を確保するために,会社は公告及び各別の催告が必要です(会社法799条2項,1項)。また,事後開示手続を行い(会社法801条),吸収分割に対する無効の訴えを提起(会社法828条1項9号)するための判断資料を提供することも必要です。

②設問2
S東先生:いいでしょう。以上の手続を流れや趣旨と共に押さえておきましょう。では,設問2の手続について検討します。具体的な手続を確定する前に,設問2の場面で予定されている本件取得の法的性質を明らかにしておく必要があります。設問2の場面で予定される本件取得の法的性質として考えうるもの(検討の必要があるもの)を挙げてください。

花子さん:まず,本件取得がX社にとって「他の会社」であるY社の「事業の全部の譲受け」(会社法467条1項3号)に該当するのではないかを検討する必要があります。

S東先生:なぜ事業の全部譲受け該当性を検討する必要があるのでしょうか。問題文中,どの事実から検討の必要性が導かれるのですか。また,本件取得の客体は,「A工場」(のれんを含む)です。「A工場」は,「食品」事業を営むY社における「製パン工場の一つ」という位置づけです。花子さんが,本件取得がX社にとってY社事業の「一部」譲受けではなく「全部」譲受けに該当するのではないかと考える理由も教えてください。

花子さん: 本件取得の客体がY社の保有する「製パン工場の一つであるA工場」とその「のれん」という事実です。これらは単なる財産ではなく,製パン事業としてそのまんま機能する形態をもつものといえるからです。また,事業の全部譲受けに該当する場合,X社において株主総会特別決議という重要な手続が必要となるため,検討の実益があると考えました。

S東先生:注意して頂きたいのは,設問2における「本件取得に反対するX社の株主が,X社に対して,その有するX社株式の買取請求をすることを認めない方法」という点です。仮に本件取得がX社において「事業の全部の譲受け」に該当するのであれば,原則としてそれに反対する株主の株式買取請求権行使を認めなければならない可能性が生じてしまいます(会社法469条1項)。そうすると,設問2で本件取得について「事業の全部の譲受け」について検討することは問題文が設定した場面を無視することになり問いから外れてしまいます。仮に事業の全部譲受けについて検討する余地があるとすれば,株式買取請求権という方法が予定されている設問1において,ということになるでしょう。しかし,設問1でも事業の全部譲受けを検討する実益はありません。なぜでしょうか。

花子さん:そうですね・・ちょっと分かりません。

S東先生:Y社の事業内容と製パン事業の関係,更にA工場の位置づけに注目しましょう。具体的には,Y社は「食品大手」であり,事業内容として「パン」だけを扱うのみにあらず,という点です。「パン」に係る事業はY社の一部門に限定されたものに過ぎません。本件取得の客体である「A工場」は「製パン工場」の一つです。これら事実から分かるのは,X社はY社の営む食品事業の一部門のうち,さらに一部について譲り受けたに過ぎないということです。そうすると,X社における本件取得がY社の営む「食品」という広範な「事業」の「全部」を譲り受けたと評価することができないことは,問題文の事実から明らかというべきでしょう。つまり,本件取得がX社にとってY社からの「事業の全部の譲受け」に該当しないことに関しては,検討する実益がないのです。なお,問題文の事実から検討する必要がないことが明らかなのにもかかわらずネッチリ検討してしまうと,いわゆる「悪しき論点主義」という印象を醸成してしまいます。注意したいところです。
では,改めて設問2における本件取得の法的性質を検討しましょう。本件取得が事業の全部譲受けではないとすれば,他にどのような性質をもちうるでしょうか。X社が本件取得に際して,A工場(のれん含む)の対価としてX社株式60万株をY社に対して出資しているという点を見逃さないようにしてください。 

花子さん:「重要な財産の処分」(会社法362条4項)でしょうか。

S東先生:その通りです。結論として本件取得は「重要な財産の処分」に該当するといってよいでしょう。では,問題文におけるどの事実をもって「重要な財産の処分」の該当性を認めることができるでしょうか。

花子さん:X社は,A工場をY社からX社株式60万株で取得しています。X社株式の価値は1株当たり1000円ですから,X社はA工場をY社から6億円で譲り受けたことになります。この6億円という価額は,X社の純資産である20億円の3割を占めます。このことから,本件取得はX社において「重要な財産の処分」ということができます。

S東先生:いいでしょう。商法ドリルNo.17でも触れたように,当該取引が事業譲渡(あるいは事業譲受け)に該当しない場合であっても,そこで検討を終わらせるのではなく,「重要な財産の処分」の該当性も忘れずに検討しましょう。商法ドリルNo.17の問題文では,「取締役会決議」という文言が示されていたので,これが「重要な財産の処分」該当性について検討するための誘導であることが容易に分かりましたが,今回の問題ではそのような分かりやすい誘導があるわけではありません。そのため,自力で「重要な財産の処分」該当性の論点を想起する必要があります。では,「重要な財産の処分」に該当する場合,どのような手続が必要ですか。

花子さん:取締役会の決議が必要となります。

S東先生:そうですね。本件取得において更に注目すべき事情はありませんか。例えば,X社は本件取得において,A工場を「現金ではなくX社株式」を対価としている点をどう見たらよいでしょうか。一般的には経済的な取引においては,目的物を購入する際には金銭を対価とするものでしょうが,本件取得は現金ではなく株式を対価としています。確かに株式も経済的な価値をもちますし,何より契約自由の原則から株式を対価とする取引も当然ありうるでしょう。しかし,本件取得に係る事情からすれば,何か問題が生じませんかね。X社が本件取得を行う目的が「Y社と資本関係を持つこと」にあることに注目しつつ分析してください。

花子さん:X社が本件取得を行う目的が「Y社と資本関係を持つこと」にあるということは,X社はY社に株主になってもらうことを意味します。そうすると,Y社はA工場という「金銭以外の財産を出資する」対価としてX社からX社株式60万株を得ます。このことはすなわち,Y社はX社に対して現物出資としてA工場を提供することでX社株主になるということです。

S東先生:その通りです。では,現物出資の際に必要な手続とは何でしょうか。

花子さん:裁判所に検査役選任の申立てをする(会社法207条1項),あるいは弁護士等による価額の証明を受けること(同9項4号)が必要です。現物出資は,過大な評価がなされることで会社財産の不当流出の危険があるためです。

S東先生:そうですね。こんなところでよいでしょう・・と言いたいところですが,まだ検討すべき事項があります。まだ何か問題文の事実において引っかかる箇所はありませんか。

花子さん:A工場の評価額は5億円(複数のアナリストによる評価)ですが,X社からY社に交付された株式は60万株すなわち6億円相当の価値をもつ株式(X社株式は,1株1000円)であるという点です。このことから,本件取得において,X社はY社に対し,X社株式を本来の価値よりも安く,すなわちY社にとって有利な金額で交付したと言えるのではないか,ということです。

S東先生:いいでしょう。本件取得においては,こうした取引の客体のもつ本来の価値と実際の取引額に注目することも必要です。一般的に契約自由の観点からすれば,実際の価値よりも安く売ったとしても原則として問題はなさそうですが,本問ではいかがですか。契約自由の原則が純粋に維持されるのでしょうか。

花子さん:いえ。X社は,自社株式を実際の価値よりも安い価額で交付していることから,X社の既存株主の株式価値を保護する必要から,株主総会において有利な価額で発行する理由を説明し,更に特別決議を経ることが求められます(会社法199条2項,201条1項,309条2項)。

S東先生:そうですね。本問は,論点を検討するというよりも取引の内容に注目しつつ,必要な手続をその趣旨(利害関係人の保護等)と共に挙げることが求められていたようです。

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