商法

商法ドリルNo.17[解答編]


X株式会社は,公開会社でない取締役会設置会社であり,その保有する建物及び用地 (以下「本件不動産」という )において「リストランテL」の名称でレストランを営んでいる。X社の貸借対照表の資産の部に計上されている金額は,そのほとんどすべてが 本件不動産の帳簿価格で占められている。なお,X社の代表取締役はAであり,また,X社において特別取締役制度は採用されていない。これらを前提として,次の場合について,【設問】に答えよ。

【設問】
Aは,Y株式会社に対し,本件不動産を5000万円で譲渡し,その所有権移転登記手続を了した。Y社は,取得した本件不動産の建物を改装して,電化製品の販売店を営むことを予定している。Aは,この取引に先立ち,X社の取締役会の承認も株主総会の承認も得ていない。その後,Aに替わってX社の代表取締役に就任したBは,Y社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができるか。

[解答を導くためのrock ‘n’ roll]

(1)検討すべき事項を確定するために必要な視点
S東先生「では,花子さん『BがY社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができるため』には何が必要でしょう。」

花子さん「・・AがY社に対して本件不動産を5000万円で譲渡した行為は事業譲渡(会社法467条1項)どうかを検討する必要があります。」

S東先生「間違ってはいないですが,やや唐突ですね。今言ったようなことをそのまんま答案に書くのでしょうか。」

花子さん「うーん,何となく事業譲渡の該当性が論点っぽいかなあと・・。問題文にも『本件不動産を5000万円で譲渡し』とあり,しかも『X社の貸借対照表の資産の部に計上されている金額は,そのほとんどすべて 本件不動産の帳簿価格で占められている』とあります。そのため,X社の運営の核となるような財産が譲渡されていることに着目して,事業譲渡について検討すべきと考えました。」

S東先生「たしかにAY間で行われた本件不動産の譲渡が,会社法上の事業譲渡に当たるかどうかを検討する必要はあります。しかし,本問で示された事実からなぜ事業譲渡という概念が導かれるのでしょうか。花子さん,そこを訊きたい。最初の質問に戻ってください。『BがY社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができるため』に必要な要件は何でしょうか。

花子さん「それは・・➀本件不動産の所有権がX社に帰属すること②本件不動産の所有権移転登記がY社名義になっていることの2点です。」

S東先生「そうですよね。当然ですが,事例問題では法的紛争が勃発し,その解決を望む当事者がいるわけです。その当事者の立場に立って(事実に沿って)当事者の求める内容を確定し,それを法的な請求として“翻訳”し,その上でその請求が充たされるための要件を検討することです。本問であれば,BはX社を代表して,Y社に対してY社名義の所有権移転登記の抹消手続きを求めています。そのために必要な要件とは,先ほど花子さんが示した2点になります。以上のことを明らかにした上で,検討すべき法的な問題点を抽出することが大切です。そうでないと,『事実⇒法的問題点の指摘』という流れを辿っていないため,いわゆる『思考過程』が見えないことになってしまいます。『思考過程』が見えない答案は,当該法的問題点(論点)をなぜ検討するのか分からないまま『とりあえず』検討している答案です。よく言われる『悪しき論点主義』というアレです。『思考過程』を明らかにするために『事実(当事者の請求)⇒法的問題点』という流れを丁寧に踏むことは非常に重要なのです。ぜひ意識したいところです。
では,先ほど花子さんが指摘した2点➀本件不動産の所有権がX社に帰属すること②本件不動産の所有権移転登記がY社名義になっていることについて検討しましょう。もっとも,②については,問題文から明らかですので特に検討は不要なので,主に➀について検討します。➀についてどうですか。具体的には,➀を充たすために必要なことは何かということです。本問の事実に沿って解答してください。」

花子さん「BがY社に対して本件不動産を5000万円で譲渡した行為は,売買契約に基づくものです。先ほども出てきたように,BはY社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めているのですから,そのために必要なことは,本件不動産の所有権がY社ではなくX社に帰属していることすなわち本件不動産の譲渡が無効であることです。」

S東先生「いいでしょう。BのY社に対する請求の内容を明らかにして,その内容が充足される(実現される)ためにはどのような要件を充たせばよいかどうかを事案に沿って明確にすることで,その後検討すべき事項もはっきりします。では,本件不動産の譲渡における無効事由の有無を検討することになりますが,Bとしては何を根拠として無効事由を主張することになるのでしょうか。まず,Bの主張を支える事実を問題文から抽出してください。」

(2)「事業譲渡」該当性
花子さん「Bの主張を支える事実として『X社の貸借対照表の資産の部に計上されている金額は,そのほとんどすべてが 本件不動産の帳簿価格で占められて』いるという事実を挙げることができます。すなわち本件不動産はX社が『リスランテL』を営む上で必要不可欠な財産であるため,本件不動産を譲渡することは,X社の事業をY社に譲渡することになるのではないか,ということです。更に,BとY社の取引について『株主総会の承認も得ていない』という事実も根拠になります。当該取引が事業譲渡に当たる場合,株主総会による特別決議を経なければならないからです(会社法467条1項,309条2項11号)。」

S東先生「そうですね。ただ,株主総会決議を経ない事業譲渡の効力については明文上の規定がありません。なぜ,株主総会決議を経ていないことが無効事由となるのでしょうか。」

花子さん「株主総会決議を経ていない事業譲渡の効果については,事業譲渡の定義から展開する必要があります。事業譲渡とは,『一定の事業目的のため組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し,これによって,会社がその事業活動の全部又は重要な一部を譲受会社に受け継がせ,会社が法律上当然に競業避止義務(会社法21条1項)を負う結果を伴うもの』をいいます。このように事業譲渡はその会社の経営において極めて重大な影響を及ぼす取引ですから,株主保護を十全化すべきです。また,相手方においても事業譲渡に当たるかどうかは明確でしょう。そうすると,株主総会決議を経ていない事業譲渡は無効とされてもやむを得ないということになります。以上が,無効事由となる理由です。」

S東先生「そうですね。では,本件不動産の譲渡は事業譲渡に当たるのでしょうか。」

花子さん「当たりません。『Y社は,取得した本件不動産の建物を改装して,電化製品の販売店を営むことを予定している』ことから,Y社が本件不動産を用いて営む事業は,従前X社が営んでいた飲食業とは業種・業態が異なるものです。そのため,X社がその事業活動の全部又は重要な一部を譲受会社であるY社に受け継がせるものではありません。また,X社が本件不動産の譲渡に伴って競業避止義務を負うこともありません。このことは,本件不動産の譲渡が事業譲渡の定義に該当しないことを意味します。」

S東先生「そうですね。では,事業譲渡に当たらないとすれば,株主総会決議は不要ということなります。Bの主張を支える根拠について他に検討すべき事項はありますか。」

(3)「重要な財産の処分」該当性
花子さん「本件不動産の譲渡が事業譲渡に該当しないとしても,『重要な財産の処分』(362条4項1号)に該当する余地があります。そのため,『重要な財産の処分』該当性を検討する必要があります。仮に本件不動産の譲渡が『重要な財産の処分』に該当すれば,本問では,『取締役会の承認』という法定手続きを欠くため,譲渡の効果が問題となります。」

S東先生「その通りです。問題文にあるように『取締役会の承認』がないこともヒントになります。問題文に『取締役会の承認を欠く』と示されていることから,本件不動産の譲渡が『重要な財産の処分』に該当するかどうかの検討が求められていると推測できますね。では,本件不動産の譲渡は『重要な財産の処分』に当たりますか。」

花子さん「当たります。『重要な財産の処分』の該当性については,当該財産の性質や価額,会社資産に占める割合,処分行為の態様等々諸要素を総合的に見て判断することになりますが,本件不動産は先ほども述べたように問題文にあるように『X社の貸借対照表の資産の部に計上されている金額は,そのほとんどすべてが 本件不動産の帳簿価格で占められて』いますから,BがY社に対して本件不動産を5000万円で譲渡した行為が取締役会決議を必要とする『重要な財産の処分』に該当することは特段の争いがないように思います。」

S東先生「そうですね。『重要な財産の処分』に該当するのであれば,取締役会の承認を必要としますが,本問では取締役会の承認がありません。取締役会の承認を欠く場合の『重要な財産の処分』の効果についても,先ほどの株主総会決議を欠く場合の『事業譲渡』の効果と同じく明文規定がありません。そこで,本件不動産の譲渡の効果はどうなりますか。」

花子さん「原則として有効だと思います。『重要な財産の処分』は,『事業譲渡』に比べれば会社経営に大きな影響を与えるわけではなく,また『事業譲渡』に比べるとその範囲も広く限界が不明確な面もあります。更に取締役会の承認は,株主総会決議に比べればより内部的で可視性に乏しいという性質があります。そのため,『事業譲渡』の場合に比べて相手方の取引の安全を図る要請が優先するというべきでしょう。そうすると,仮に本問で上記原則が維持されるのであれば,本件不動産の譲渡は有効です。したがって,本件不動産の所有権はX社ではなくY社に帰属します。よって,BのY社に対する所有権移転登記抹消登記請求は認められないことになります。」

S東先生「そうでしょうね。『事業譲渡』と『重要な財産の処分』の両者をそれぞれ単独に検討するにとどまらず,両者の性質を比較しながら検討することも大切ですね。ちなみに,花子さんは取締役会決議を欠く場合の『重要な財産の処分』について,『原則として有効』としたまま結論を出しましたが,その原則はつねに維持されるのですか。『原則』というからには『例外(修正)』も想定されますので,例外(修正)についても言及すべきでしょう。例外(修正)については,どのような法律構成が考えられますか。」

花子さん「処分行為に対応する取締役会の承認を欠く点が心裡留保に類似するとして,民法93条ただし書を類推適用して相手方が当該決議を経ていないことにつき悪意または有過失である場合は例外的に無効になると思います。つまり本件不動産の譲渡は無効となり,本件不動産の所有権はX社に帰属しますので,BのY社に対する所有権移転登記抹消登記請求が認められることになります。」

S東先生「今の解答のように,処分行為に対応する取締役会の承認を欠くことを民法上の『心裡留保』に類似するとする考え方もあるとは思いますが,本当にそれでいいんでしょうかね。
『心裡留保』というのは,『心裡』という文字から窺えるように,心の裡(うち)なる動きのことを意味します。代理権濫用のケースであれば,「法律的な効果は本人に帰属させるが,経済的な利得は代理人自らに帰属させるという心の裡に隠された意図」を認めることができるので『心裡留保』に構造が類似します。しかし,『重要な財産の処分』における『取締役会の承認』は,あくまで法定された必要な手続きであって,心理的な動きとは異なります。そのため,この場合に取締役会の承認を欠くことをもってただちに『心裡留保』に類似すると論ずることには違和感を覚えるところです。判例(最判昭和40・9・22)も,『内部的意思決定を欠くにとどまることを根拠に原則として有効とし,相手方が決議を経ていないことを知りまたは知りえたときは例外的に無効である』というように,心裡留保類似構成の場合と同じような表現こそ用いていますが,『心裡留保に構造が類似する』と明言しているわけではなく,民法93条ただし書類推といった具体的な根拠規定を示しているわけでもありません。以上のことはやや細かいかも知れませんが,意識しておきましょう。」

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